劇場にて

「この席、空いてますか?」
と、おじさんに聞いたらその隣のおばさんが
「たぶん空いてたと思うわよ」
とのこと。おじさんはまだ首をかしげて考えていてくれたが
おばさんの「大丈夫よ」の言葉に、おじさんの隣に座らせてもらった。
上映までまだ間がある。
このおじさんとおばさんの会話が耳に入ってきた。
「あれはミヤコ蝶々よ」
「あぁ、ミヤコ蝶々でしたかーなるほどー。あれは誰でしたっけ?」
殿山泰司よ」
などなど。
上映5分前になったところで、二人が席を立った。
おじさんはひざの上に乗せていた折りたたみ式の杖を組み立てる。
おばさんに腕をひかれ、杖をつきながら歩いていった。
彼は耳で映画を観ていた。


音だけの世界。どんなに研ぎ澄まされたものだろう。
少なくとも悪い嘘は通らない気がする。
しかし、画を伝えるにはどれだけ言葉を連ねても
見るに敵わない。
畢竟、平等ってことか。
それならば、その平等の中で喜怒哀楽を精一杯たのしもうではないか。